母親の。。。

ゆき存命中、某時期からゆきが
母親の生まれ代わりに思えて仕方が無くなった。

抑々、生まれ変わり等、信じていない。。。

。。。いなかった。。。

しかも無神論、無宗教にも拘わらず
どう譲ったとしてもそう思えてしまった。
---生まれ変わり---

ご主人を亡くされた或る方の話が頭から
離れなくなった。

そのご主人は飼い犬のコッカーを大変に
可愛がっていた。
奥さん、娘。。。家族の誰よりも一番。
だが、不幸にもコッカーさんを一番愛して止まなかった
ご主人は突然亡くなられた。

深い悲しみに包まれた家族同様、
可愛がられたコッカーさんも
酷く心を痛めただろうか。。。
或いは可愛がってくれていたご主人が
突如消えてしまい戸惑ったろうか。。。

そう長くはない時が経ち、家族はもう一頭
犬を迎える事にした。
先に居たコッカーさんの方が当然年上なのだが、
幼犬として後から来たボーダーは先住コッカーを
良く遊んであげたのだそうだ。

その遊び方、戯れ方、挑発の仕方、全てが
亡きご主人と全く同じだった。。。
「まさか、主人の生まれ変わりではないのか」
そう感じたのは奥さんだけではなかった。
娘さんも同時期に同じ思いを抱いていた様だ。

実に滑稽で有り得ない話かも判らない。
持って行き所の無い悲しみをそう思う事に因り
緩和し様とする無意識領域脳の成せる業かも
知れない。科学的にもまず1000%無いと
理解している。。。況してや人間が動物に生まれ変わる、
といったナンセンス。

しかしどう否定したとしても「そう」心が
感じてしまうのだ。。。

この話を聞く前後、間近なゆきに対し
自分も「もしかして」と朧気乍ら感じていた。
だがこの話を聞き、確信してしまった。
確かにバイアスが掛かったかも判らない。
自分也に、辻褄を合わせ様と心が必死なのかも
知れない。。。

幼い子を残しこの世を去らなければ
いけなかった母親の気持ちは如何ばかりか、と
想像する。しかも
BAさんからの虐待も目の当たりにしている母親。
身体の自由も力も無い母親は酷い扱いを
受ける娘を守りたかっただろう。
恐らく一番苦しい事は、してあげたいにも拘わらず
それがしてあげられない事ではないだろうか。
特に母親から子供に対しては。。。
残してきてしまった娘を母親は違う像として
守ってくれていたのではないだろうか。。。

ゆきが自分の元に来てからというもの
怖い位に幸せだった。褒められ、称賛され
ゆきと一緒に居るだけで常に会話の中心となった。
生まれて初めて「褒められ、称賛される喜び」を感じた。

そしてあらゆる場面にて
これでもか、という程守られた。。。

数年経過し、ゆきが見せる一瞬の表情に
ドキッとした。記憶のある母親の見せた表情と
同じだった。写真もある。
そしてゆきのその写真もある。

良く、良くゆきに話し掛けていた。
ゆきはお母ちゃんのお母さんの生まれ変わりでしょ?
と。。。

人間が犬に---等、当に虚誕そのものであるかの様
言葉にすると可笑しい。
だが、本当にそうなのだから(そう思う)
仕方が無い。。。

もう一つの月命日というのは厳密に
鑑みると矛盾極まりない。。。
一回目の死、12月22日、そして3月20日
が二回目の旅立ち。。。

両社共に自分に取り忘れえぬ月命日。