チビ黒保護から数年経った。



バカップルが
極小犬を求め、かなり田舎の繁殖屋から
体重を増やさない様、一番の成長期栄養を最も
必要とする時期にも拘らず、異常なまでの食事制限を
強いられていた一匹のヨーキーを高額で購入した。
ペットローンなるものを教えられたそうだ。

ガリガリに痩せ細り、 自宅に連れ帰る途中から
余りの痩せ具合にバカップルも流石に異様さを
感じた様だ。それまでは飾りが沢山付いた
可愛いドレスを着せられており
気付かなかったと言っている。。。

「超極小ヨークシャテリア、成犬で1kg未満確定」
聞いて呆れる事は言うまでもない。
吐きそうな文言。

小型犬では特に小さな仔が高値で流通される昨今。
例え先天的な疾患があろうとも。。。
適齢後さえ、大きな大泉門閉鎖不全が
何箇所有ろうとも。。。

カップルが住むマンションへ連れ帰った後
繁殖屋から指示をされていた、一日数粒(10~20粒?等
有り得ない量だったと思う) では
到底足りるわけもなく、ヨーキーは鳴き続けた。

嘔吐、下痢が続き獣医へ何度も通った。
血便も出ていたと聞いた気がする。
当然、獣医は食事量の著しい不足も指摘。

カップルは取り敢えず、獣医から教えられた規定量を
与えたが、幾ら食事を与えても足りない様子だった。
暫くの間は、真面目に通院もしていた様だ。
だが、一向に何もかも好転しないヨーキーに対し
面倒になったカップルは
フードの袋毎、ケージに放り込んだ。
ヨーキーはフードと糞便混じりになった。
その袋まで食べていた。

留る所を知らず食べ続けるが、
体調はずっと悪かった。
食事に関連性は無く、膵臓疾患。。。
否寧ろ膵臓に関しては
疾患が有るからこその大食?
更に肝臓が悪いと言われたらしい。
投薬も始まっていた。まだその時点では
生後半年にも満たない幼齢犬。

殆ど毎日の病院通いに病院代も嵩み
精神的にも疲れ果てたカップルは
ヨーキーの殺処分を考え始めた。
「こんなに病院ばっかり行ってて可哀想だから」

---「殺処分」---

様々を巡り、我が家に来たヨーキー。
---因みに我が家は「殺処分場」ではない事を願うも
ゆきを殺めてしまった以上、何とも言えないが
その時点では「そう」ではなかった。。。---

相変わらず異常な食欲だけは健在だった。
黒い小さな犬よりも更に
酷い食糞、しかもチビ黒の排泄物までも
待っていて食べる。

取られまいと唸り乍ら。

数週間経過し、嘔吐下痢も治まったと思う。。。
シートも食べるが吐かない。
縫いぐるみの中の詰め物も食べるが吐かない。
ダンボールも食べるが吐かない。
下痢も血便も無かった。。。

胃腸症状は皆無だったと思う。

お通じと共に排泄され、おまえ~こんな物
何時胃に入れたんだ?という糸クズ等が混ざる。
とにかく何もかも食べ物に見えるのかと思えた。

要求は、チビ黒の1000倍激しい。
ケージを登り、何度も外へ出た。
結局屋根を設置されてしまったが
それも簡単に破壊した。壁も齧り、剥がそうとした。
何と闘っていたのだろう。

優しいゆきへは、恐る恐る匂い嗅ぎに向かったが
吠えなかった。

「犬を飼う際、弄られたり壊されたりしては
困る物は届かない所へ置く」等、ナンセンスだと
思っていた。
ふぅ~ん、犬ってホントはそうなんだ。
大変なんだね。。。
ね、ゆき。。。おまえは何処に何を置いておこうが
転がしてい様が何もやった事無いね。
小さな頃から。。。ずっと。
チビ黒、ヨーキーを引き取るまで暢気で
脳天気にも小さな優越感に浸っていた。

ゆきという逸材のお陰で。。。

不憫なヨーキーが来てからというもの
チビ黒が大人しく良い仔(人間に取り)に見えた。
おまえ、ゆきとは比較不可能だけど
結構、お利口さんだったんだな?
気付かなかったよ。

チビ黒に話し掛けていた。

こんなに大人しい仔だったんだ、おまえ。。。

それだけこの不憫ヨーキーはハンパ無かった。
とにかく黙る事を知らない。
ベッドをシート代わりにする、落ちている物は
全て口に入れ飲み込む。。。
取り除こうとすれば唸り、本気咬み。
小型犬でも恐怖を感じた。

これが犬か?
本来の躾されていない犬の姿なのだろうか?
否、其々の性格というのか素因の様な。
それは躾以前の。。。

しかし、このヨーキーは悲しい程
ひもじい思いをしている。
放浪犬の保護犬さんは、こういった傾向が
強いとは思うがこの仔は放浪はしていないが
同じ様にお腹が空いて仕方無かったのだろう。
そこに沢山のご飯が有るにも
拘らず食べさせて貰えなかった。。。
残酷だ。

ゆきは何の躾もしていない。
賢く洞察力に長けた仔は、恐らくこちらの
顔色一つ、目の動きで読み取ったに違い無い。。。
ひもじい思いをした経験もあると思う。

ゆきは6匹生まれた(8匹だと思っていたが)末っ仔。
一番体も小さく、母犬のお乳も余り出ない
末端を与えられたかも知れない。
彼女を引取りに行き、更に後15年後
兄犬飼い主さんと連絡が取れ、
様々な事が確信に変わった。保健所送りを待つ間
たった一匹残され、
ひもじく悲しくかなり怖い体験の記憶はあったのだ。
しかしそれでも
ゆきは生まれて一度も唸った事も卑しい態度も示さない。

最期まで美しく上品だった。。。

ゆき以降、2頭の「犬」の命を預かり
犬を飼う、という事を少しづつ実践として
遅ればせ乍ら、勉強し学び始めた。


---続く---