本心から無念だ。
それ以外の言葉が見付からない。

この気持ちを何処へ持って行けば良いのか。。。
イヌの死を痛み、一緒に悲しむ散歩仲間は
沢山居るだろう。
。。。それは飽くまでその仔との交流
といったバックグラウンドが有ってこそ。

散歩仲間の知り合いの仔の場合
余りにも関係が遠く、実感は無い。
況してやそれまでの経緯も何も
知らない。飽くまで「他所様の仔」の一つの死
でしかないのが常だ。

だが自分は会ってしまった。
しかも俗に言う大変に「良い子」故、印象深く
忘れられない仔の一人となった。

しかも飼い主さんから死に至る経緯を詳しく
聞けば聞く程、遺憾としか言い様の無い内容。
。。。否、違う。。。
その仔だけでなくとも
亡くなれば何かしらの後悔の念は禁じえない。

だが。。。彼女の場合には
同病院にて二度手術をして居た。

しかし軽快せず、二軒目の病院へ。
その病院から麻布大学を紹介された。
寒くなり始めた昨年の11月、彼女と会った。
最初で最期。悲しい一期一会となった。

もし一軒目で二度もオペをせず
早急に麻布大学を受診して居たなら、
もしその早い時期に放射線治療を開始して居たなら。。。
余りにも「もしも」が大きく多過ぎた。

例え厳しい疾患であっても
彼女はまだ居たかも知れない。

飼い主さんの無念がそのまま自分の心に
巣食う。

唯一、本当に唯一彼女が
安楽死をも視野に入れなければならない程の
凄まじい疼痛に藻掻き苦しむ事が無かった事のみが
気持ち的な支えとなる。
言ってもしょうがない事は言ってもしょうがない。
仕方の無い事は仕方が無い。解って居る。
過去の「たられば」は無い。

彼女の名前は「ミヨちゃん」
飼い主さんはそれはそれは大事に大事に
可愛がってみえた。
名前すら可愛く思える仔。
亡くなってしまった仔に対し
無意識な装飾、美化が成されて居るのでもない。
本当に可愛い仔だったのだ。

生まれ変わり等無いと思う。
神様も居ないだろう。。。
しかし
あれだけの「良い仔」何も言わず頑張って
耐え抜いた仔は今頃はニンゲンに生まれ変わって
居ると強く信じたい。
矛盾した影が体中を駆け巡る。
生まれ変わりも何もかも幻想だ。
その様な事有るワケは無い。
否、
無い証明は誰も出来ない。。。
ゆきが或人物の生まれ変わりかも知れないと
節々で感じて止まない事と同様に。。。


飼い主さんが送って下さった
2年前のミヨちゃん
一番彼女らしく可愛く優しい表情だそうだ。
ミヨちゃん
可愛い可愛い可愛いミヨちゃん。

安らかに眠れて居るんだよな?
彼女が旅立ち7日目。

又、忘れ得ぬ死が増えた。
大型犬ポポ、ゆきの兄弟メロン、そしてミヨ。。。